スワヒリ娘のダル大留学奮闘記〜タンザニア人と“rafiki”になりたい!〜

スワヒリ語を学んでいる女子大生がタンザニアのダルエスサラーム大学に留学。リアルなタンザニアライフを綴る留学奮闘記。

モシからナイロビへバス移動!

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こんにちは!ルナです!

 

キリマンジャロの麓の町、モシとは1日でお別れして、今日はケニアの首都、ナイロビに向かいます!

 

チケットは昨日のうちにRIVER SIDEというバス会社のを買っておきました!外国人は通常77000シリング(3850円)とかなり高いなという印象なのですが、

 

「ちょっと高いから他のバス会社探すね、、」と言ったらレジデンス価格の35000シリング(1750円)にしてくれました。笑

 

まぁ、私はそもそもレジデンスパーミットを持ってるんですけどね。笑

 

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6:00集合6:15発できっかりにバスが来て、きっかり出発!20人乗りくらいの小型バスで、すごく綺麗でちゃんとしてるし、外国人利用者が多いなという印象!

 

8:00前ごろにアルーシャに到着し、バスを乗り換えます。それから10:00ごろにナマンガというタンザニアとケニアの国境に到着!

 

自分の荷物を持って、イミグレに行きます。この時イエローカードの提示が求められました。

 

タンザニアを出国して、ケニアに入国!私はダルエスサラームにあるケニア大使館で事前に東アフリカ観光ビザを取得していたので、とてもスムーズでした。

 

在タンザニアケニア大使館で東アフリカ観光ビザを取得 - スワヒリ娘のダル大留学奮闘記〜タンザニア人と“rafiki”になりたい!〜

 

再びバスに乗り込み、隣に乗っていたママと赤ちゃんに癒されながら進むこと数時間、、

 

15:00ごろナイロビのRIVER SIDEのオフィス前に到着!13:30到着予定だったのでちょっと遅れましたが、想定内です!

 

旅行者の中では「凶悪都市」と言われるナイロビ。まぁ、私は8ヶ月も「凶悪都市」ダルエスサラームに住んでいたので、もはや凶悪都市が何なのかよく分かりません。笑

 

とはいえ、どこが危ないのかとか完全には把握できないし、慣れていない場所なので、ビビリモードは全開。

 

今回の旅はWi-Fiに頼らず全ての国でSIMを購入することにしたので、まずはバスを降りた足でsafaricom shopへ行ってSIMを購入。インターネットがどこでも使えるようになると、いざという時連絡できるのでやはり安心です。

 

ちなみにこのナイロビ滞在の宿はと言いますと、大学の大先輩でナイロビで働いておられる方がいるので、そこに泊めてもらうことになりました!ありがたや〜〜

 

ナイロビの第一印象としては、都会が広い!ダルエスサラームもタンザニア第一の都市なので、都会なのですが、ナイロビは都会の範囲が広い広い!

 

しかも、ダルエスサラームで一番大きいショッピングモールを超えるレベルのショッピングモールがめちゃめちゃ目に入ってくる!

 

あとは、スワヒリ語の違い。この旅の大きな目的として、東アフリカ各国でスワヒリ語がどのような位置付けでどんな風に話されているかを観察するというのがあるわけですが、

 

聞いてはいたけどナイロビのスワヒリ語は標準スワヒリ語とは全く違いました、、文法がね、むちゃくちゃなんです、、

 

母語話者でもない私が「え、そこはこうじゃない??」って言ってしまいたくなるくらい、、

 

まぁそこも最高に面白いので明日からいっぱい喋っていければなと思います!!

 

そして、今日一番楽しみにしていたのが、夜ご飯です!!!!

 

その名もCheka Japanese Izakaya!

 

名前だけでヨダレでそう、、日本人の方が経営されている本格的な日本料理屋さん!ダルエスサラームには日本人経営の日本料理屋がないので、めーっちゃくちゃ楽しみにしていました!!!

 

ケニア人店員のお兄さんの一言目

 

「いらっしゃいませ〜」

 

か、かわいい、、、

 

もうね、メニューもね、写真撮り忘れちゃったけどめちゃくちゃすごくて!!!とんかつとかラーメンとか寿司とか豚キムチとか豚しゃぶサラダとかぁぁぁあ!!

 

ここは日本ですか?いいえ、ケニアです。

 

ナイロビすげぇぇ!!住めるぞこれは!!住みたいぞ!!!笑笑

 

お酒もドラフトビールあるし梅酒あるし焼酎あるし、、悩みに悩んで梅酒を頼みました。梅酒大好きなんやもん。

 

そして頼んだメニューたちがこちら!

 

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醤油ラーメン、ネギチャーシュー、タコの唐揚げ、、

 

ほんでね!全部美味しいの!!!日本の味なの!!!このクオリティがここで食べれるなら日本に帰る必要なくね?ってなるくらい美味しかった!!!

 

今日のブログは有益な交通情報に見せかけてChekaが美味しすぎたというそれだけが言いたい記事でした。

 

では。

 

ダルエスサラームからモシへバス移動!

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こんにちは!ルナです!

 

ついに今日が1ヶ月の旅の始まり!毎日新しい景色や経験に出会えるんだろうなぁと思うとワクワクが止まりません!

 

今日は、ダルエスサラームからモシまでの移動がメインです。バスはこの都市間での移動ではおなじみのKilimanjaro Express。(33000シリング、1650円)

 

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街中に宿泊している人はKisutuにKilimanjaro Expressのオフィスがあるのでそちらでチケットを購入し、Kisutuから出発するのがおススメです。

 

ダルエスサラーム発のほとんどのバスが集まるウブンゴバスターミナルは街から車で30分ほどと、少し遠いですからね、、

 

私はダルエスサラーム大学に住んでいるので、ウブンゴの近くにあるオフィス(ウブンゴにはありません!)から6:15に出発!

 

何度かトイレ休憩をはさみ、何のトラブルもなく16:00ごろにモシに到着!

 

実はモシに来るのは2年ぶり2回目なので、私の第一印象は、「なつかしい〜!」です。

 

明日にはナイロビに向けて出発するので、バスから降りたその足でチケットを買いに行きます。(チケット情報は次の記事で)

 

そして、今日泊まるお宿がWe Travel Hostelです!

 

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あの、大きな声で言いますね。

 

こちらのホテル超おススメでーす!

 

Booking.comから予約することが出来て、セール価格だったこともありますが、ドミトリーお風呂トイレ共用朝食付きでなんと6.5ドル!

 

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めっちゃ綺麗だしレストランついてるし、お湯も水圧もバッチリです!蚊帳もあります!あと3人用のドミトリーなのにコンセント口が8個もある!

 

しかも立地がいいので、モシにある有名店に行きやすい!

 

そんな有名店がこちら!インドイタリアーノです!

 

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その名の通りインド料理とイタリア料理が楽しめるレストラン!ピザやカレーも美味しいのですが、私のオススメはラザニアです!

 

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日本のより美味しい、、モシ大好き、、

 

到着が夕方だったので、私はインドイタリアーノしか行けませんでしたが、

 

モシはキリマンジャロはもちろんのこと、本格コーヒーが楽しめるUnion cafeや、郊外にある超神秘的なKikuletwa Hotspringという温泉?泉?など見所がたくさんあるので、

 

タンザニアに来たら外せない観光地ですね!

 

では。

 

 

在タンザニアケニア大使館で東アフリカ観光ビザを取得

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こんにちは!ルナです!

 

いよいよ始まりました『スワヒリ娘Runaの東アフリカ旅』!いつもはエピソードトーク多めのこのブログですが、この旅中は最新の東アフリカ旅情報が提供できるよう頑張りたいと思います!

 

ケニア・ウガンダ・ルワンダを周遊するにあたり、今、間違いなくお得なのが、90日間この三ヶ国を自由に行き来できる、『東アフリカ観光ビザ(East Africa Tourist Visa)』です!

 

アライバルでビザを取ると何かと時間がかかって、バスに置いてかれたらどうしよう、、みたいに心配症の私は、事前にタンザニアのダルエスサラームにあるケニア大使館でビザを取得することにしました!

 

Kenya high commission と検索すればマップ内で見つかるかと思います!Dar Free Marketの近くです!

 

門で名前等を記入し、ビザ受付の建物に入れてもらいます。東アフリカ観光ビザを取得したいと伝えると申請用紙をくれるので、それと以下の書類を提出すれば申請完了です!

 

東アフリカ観光ビザ申請に必要な書類

  • 大使館でもらえる申請用紙
  • パスポート本体
  • パスポートの顔写真ページのコピー
  • 写真
  • ビザ代100ドル(ビザ受け取り時)

 

私は朝10時ごろに申請に行ったのですが、「明日の14時以降に100ドル持って受け取りにきて」と言われました。なので、最低2日はかかると思ってもらった方がいいと思います!

 

次の日受け取りに行くと、ビザ代の支払い用紙をくれるので、隣にあるKBC銀行でビザ代100ドルを支払い、レシートを大使館に提出すれば、パスポートにビザのシールを貼った状態で受け取れます!

 

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ちょっとめんどくさいですが、アライバルでの取得が不安な方やダルエスサラーム在住の方はぜひ参考になさってください!

 

では。

旅行日程を発表しま〜す!

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こんにちは!ルナです!

 

今回は〜!私の東アフリカ旅の旅行日程大発表スペシャル〜〜👏🏻👏🏻👏🏻

 

実は留学よりよっぽど楽しみにしていたこの旅!!(?)

 

7月いっぱいかけて東アフリカ諸国をひとり旅してきたいと思います!!

 

「女子大生が1人でアフリカ旅??」

 

あ、もうそういった、「アフリカなんて危ないところ、、」とか「女の子なのに、、」みたいなご心配は受付終了してますので、、

 

予定日程

7月1日 タンザニア🇹🇿のダルエスからモシヘ

2日 モシからケニア🇰🇪のナイロビへ

3日〜6日 ナイロビ滞在

7日 ナイロビからウガンダ🇺🇬のカンパラへ

8日〜11日 カンパラ滞在

12日 カンパラからルワンダ🇷🇼のキガリへ

13日〜15日 キガリ滞在

16日,17日 キガリからダルエスへ

19日〜21日 ダルエスからタンザン鉄道でザンビア🇿🇲のニューカピリムポシへ

22日 ニューカピリムポシからルサカへ

23日 ルサカからリビングストンへ

24日,25日 リビングストン滞在

26日 リビングストンからルサカへ

27日〜29日 ルサカ滞在

30日 ルサカからダルエスへ

 

 

ながっ!

 

そして移動しすぎ!笑笑

数えたらまじで半分くらい移動日で引きましたよね〜

 

ちなみにお金がないので最後のルサカからダルエス移動以外はバスで陸路移動となります!10時間越えレベルのバス移動を7,8本こなす予定です!

 

それでは、この旅の目標を発表しま〜す!

 

その一、安全第一!夜は知り合いと一緒じゃない限り絶対に出歩かない!夜到着になりそうな移動はしない!

 

強盗の件でたくさんの人に心配をかけてしまったので、安全を最優先に考えて行動します!

 

その二、健康第一!ちょっと疲れたらたくさん休む!無理に予定は詰め込まない!早めに薬を飲んじゃう!

 

今回は寒いところにも行く予定。気温の変化で風邪ひきがち人間なので、体調管理には十分注意します!

 

その三、積極的にスワヒリ語で喋ってみる!

 

ケニア人がスワヒリ語を喋れるのは確定なのですが、その他の国の実情がまだわからないので、グイグイスワヒリ語を使って確かめていきたいと思います!

 

その四、ブログは超頻繁に更新!

 

「毎日」ではなく「超頻繁」という逃げ方をしましたが、詳しいすぎるくらい詳しめに私がどんなことをしたのか、考えたのか、文章にしていければなと思います!イチイチ告知するかもだけどウザいなとか思わないでね!イチイチ告知しないかもだけどたまに見に来てね!

 

てな感じですかね!

 

それでは最後に、最近聞いてる「佐久間宣行のオールナイトニッポン0」でゴットタンのプロデューサーの佐久間さんが言ってた言葉を拝借。

 

『こっちが企画からオチまでめちゃくちゃ時間かけて準備したのに、本番で芸人たちがそのオチを超えるような何かを生み出し始めたときが一番面白い。最初から自由にやっていいよ、ではこの面白さは生まれないんだよな。』

 

これ、アフリカ旅にもぴったり当てはまるなと思ってて、何も知らないで自由にやろう〜ではアフリカ旅は何も面白くないし、危ないんです。

 

そうではなくて、いっぱい調べて周到に準備して、それなのに上手くいかないのがアフリカ旅。そして、それが面白いところなんだな〜。

 

それでは出発までの数日間、おそらく崩されてしまうであろう予定を一生懸命立てたいと思います!お楽しみに!

タンザニア人ルームメイトと暮らす②

 

こんにちは!ルナです!

 

タンザニア人ルームメイト、キャサリンとの共同生活について続きを書いていきたいと思います!前回の記事は下にあります!

 

タンザニア人ルームメイトと暮らす① - スワヒリ娘のダル大留学奮闘記〜タンザニア人と“rafiki”になりたい!〜タンザニア人ルームメイトと暮らす① - スワヒリ娘のダル大留学奮闘記〜タンザニア人と“rafiki”になりたい!〜

 

1つの部屋で暮らすことになった私とキャサリン。私は実家暮らしか一人暮らししかしたことがなかったので、これが初めての他人との共同生活です。

 

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ベッド2つと机2つとクローゼット2つでほぼ埋まるような部屋にもう一緒に住んで8ヶ月ほどになりますが、私たちの関係はちょっと特殊です。

 

私たちは部屋の中でほとんど会話しません。

 

部屋を出るときに「またね」と声をかけるとか、「また水止まってるよ」とか「USBちょっと貸して」とか「帰るの明日になるから鍵閉めといてね」とか、、

 

「おはよう」はたまに言うけど「おやすみ」は言ったことないな。

 

キッチンがないのでご飯は各々のタイミングで食堂にいきます。一緒に行ったことはない。笑

 

会話するときは絶対にスワヒリ語です。日本語教えて〜って言ってきたのも住み始めて3ヶ月くらいしてからで、しかもその理由は、お父さんに、

 

「お前は日本人と住んでるのに日本語の挨拶も知らないのか」

 

って言われたかららしい(笑)いやいややん(笑)

 

紙に書いて教えてあげたけど一回も使ってくれたことはない。笑

 

つまり、キャサリンは私にも、日本にも興味がないのです。

 

お前がスワヒリ語話すために住みたいって言ったんだからもっとグイグイいけよ!という声が聞こえてきそうですね、、

 

留学してすぐの頃はスワヒリ語も英語もままならなかった私、仲良くなろうという気のサラサラなさそうなルームメイト、、ハードル高くね?笑

 

なんて思っているうちに「喋らない関係」に慣れてしまったんですね〜

 

ただすごく良かったのは、キャサリンがお金持ちだと言うこともあり、映画はイヤホンして見るとか、勝手に人のものを使わないとか、

 

外国人とルームシェアするとあるあるのトラブルが全然起こらなかったこと!

 

ケンカしたことないし、なんだかんだこうやってずっと一緒に住むことができて良かったなぁって思ってます。

 

ただお嬢様が過ぎて、洗濯はお金払って掃除のお姉さんにやってもらうとか、友達平気でパシるとか、夜中に「もう寝た?」っていろんな人に電話するとか、まともに仲良くしてたら嫌いになってただろうな〜と思う面もかなりある。笑

 

そんな私とキャサリンの生活で、思い出に残っている2つの事件を紹介します!

 

1. アリ大量侵入事件

 

あれは5月半ばの大雨季のことでした。私が1人で部屋にいると突然大雨が降り出しました。それまでにない規模の大雨で「やばいな〜」と思っていると、

 

突然ベランダに続くドアの隙間からまじで何万匹とかいうレベルのアリが部屋に入ってきたのです!!

 

ひぇぇぇええええ地獄じゃ〜〜

 

虫はそんなに苦手じゃない私ですが、流石に万レベルのアリを目にしてどうしていいかわからずアタフタ。

 

とりあえず逃がそうと思って、ベランダに続くのドアを開けようとしましたが、ドアが開かない!!!

 

この日ちょうどドアの調子が悪くて、朝から開けられていなかったのです。

 

後から分かったことですが、当時、ベランダの排水溝が詰まってしまっていて、排水がうまくいかず、突然の大雨で溢れた水に押しやられた大量のアリたちが私たちの部屋に入ってきてしまったというわけです。

 

大量のアリ、ドアは開かない、どうしようううううと思っているとちょうどキャサリンが帰ってきました。

 

私「キャサリン〜!!!やばい!!アリが!!どうしよう!!(アタフタ)」

 

キャサリン「やだ!もう〜」

 

と言いながらキャサリンは冷静にほうきを持ってきてアリを集め始めました。かといって逃す場所もなく、どうしようか困っていると、

 

キャサリン「今からそこのお店行って殺虫剤買ってきてくれない?」

 

私「わかった!」

 

私は傘を持ち、この月一番の大雨の中をびしょ濡れになりながら100メートルほど先にあるお店に向かいました。

 

なんで私こんな土砂降りの中をびしょ濡れになりながら殺虫剤買いに行かなあかんのやろう、、と思ってたら面白すぎて笑いながら歩きました。笑

 

お店の兄ちゃんに「なんでこんな雨の中来たんだ!ちょっと雨宿りしていきな!」と言われましたが、「ルームメイトが待ってるから行かないと!」と謎の責任感を発揮し、また土砂降りの中を戻りました。

 

帰って殺虫剤をキャサリンに渡すと、容赦なくアリに吹きかけて、見事全部撃退してくれました!!

 

ほうきで集めたアリの死体はこんもり山ができるぐらいの量でした、、えぐ、、

 

これがアリ大量侵入事件。お嬢様キャサリンの意外な強さが見られた事件です。

 

2. トカゲ事件

 

アリには意外な強さを見せたキャサリン。しかし彼女はトカゲが大っ嫌いです。

 

田舎ってね、夜になるとそこら中にトカゲいるんですよ。シャワールームの壁とかに本当によくいる。

 

ある日の夜中、突然部屋の電気がつけられ、キャサリンが私に話しかけて来ました。

 

キャサリン「トカゲがいたの、、、」

 

私「え?」

 

キャサリン「どうしよう、寝られない、、」

 

当時私のベットには蚊帳をつけていたんですが、キャサリンはつけていなかったので、

 

この部屋の中にいつのまにか侵入したトカゲを見つけて寝られなくなったらしい。

 

私「どこにいるの?」

 

キャサリン「見失ったのよ。だから怖いの。」

 

私「おお、、(私は蚊帳あるし寝たいな〜)」

 

その後もとにかく怖いを連呼するので一緒に探すことに。

 

すると、ベッドの下にトカゲちゃん発見。

 

見たことないくらい機敏な動きで殺虫剤を振りまきまくるキャサリン。

 

いやそんな振る?高いよそれ?てか私が買ったやつ〜〜

 

やがてトカゲさんは殺虫剤によって白く固まりお亡くなりになられました。生きてる状態より死体の方がよっぽど私には怖かった、、キャサリンはそれをほうきで部屋の外に掃き出してました。

 

その日以降もトカゲが出ると大騒ぎしてます。私が帰ってきて部屋がごちゃついていると、あ、トカゲと戦ったんだな、と思うくらい。笑

 

大量のアリは平気だけど、一匹のトカゲが怖くて仕方ないキャサリンでした。

 

では。

 

 

タンザニア人ルームメイトと暮らす①

 

こんにちは!ルナです!

留学開始からすでに8ヶ月が過ぎました。「あっという間だった!」と言いたいところですが、、長いです。笑

 

ダルエスサラーム大学で生活するのはあと1週間になりました。散々文句を言ってきたこの場所ともやっとお別れかと思うと清々するような、ちょっと寂しいような。

 

今回は、このブログでも何回か登場しているルームメイトについて話したいと思います。

 

 

私たちの出会いは突然でした。

 

留学中は、先輩たちもみんな暮らしてきた大学内の寮に住むこと、スワヒリ語を鍛えるためにタンザニア人とルームシェアをすること。

 

これは留学前から心に決めていたことで、留学生担当のオフィサーにも渡航前から伝えていたことでした。

 

しかし、いざタンザニアについてみると、

 

「まだルームシェアする相手が見つかってないからとりあえず一人で住んでね」

 

と言われ、二人部屋に一人で住んでいました。

 

一人で住み始めて半月ほど経ち、ルームメイトが来るのを諦めかけていた頃、知らない番号から一本の電話がかかってきました。

 

「もしもし?どこにいるの?」

 

「はい?」

 

「鍵が欲しいんだけど」

 

「はい?誰ですか?」

 

「今日から私、あなたのルームメイトになるのよ。鍵が欲しいの。どこにいるの?」

 

「え、あ、、、?む、向かってます!寮に!」

 

(、、、ル、ルームメイトが来たのか!)

 

ドラマの始まりみたいですが、本当にこんなんだったんです。笑

 

その後、寮の管理人室でルームメイトと会いました。彼女の名前はキャサリン。今となってはなんとも思ってないけど、最初は、「いやwタンザニア人でキャサリンてw」って思ってました。偏見ですね。笑

 

私が管理人室に着いた時、キャサリンは管理人さんと話していました。

 

キャサリン「なんで私がルームシェアしないといけないんですか?私、一人部屋がいいんですけど。1年のときはずっと一人部屋だったし。」

 

管理人「何を言ってるの。あなたは大学側から選ばれて、この日本人とルームシェアすることになったのよ。彼女はスワヒリ語を勉強したいからタンザニア人と住みたいのよ。」

 

キャサリン「はぁ、、、、。わかりました。」

 

私(あのぉ〜私ここにいますけどぉ〜聞こえてるんですけどぉ〜〜)

 

当時の私はスワヒリ語がほとんど聞き取れてなかったですが、キャサリンが私を歓迎していないことや彼女が望んだ訳ではないということは、表情から読み取れました。

 

普通こういうのって、ルームシェアしたい人同士が集まってやるものだと思うし、なんなら、「日本人と住みたい!」って人が一人くらいいてもいいと思うんですけど、ここにはいないのです。未だにそんなこと言われたことないし。日本の漫画とかアニメ知ってて日本好き!みたいな人も全然いないですからね?頑張れ日本のサブカル。

 

(そんなに嫌なら一人でもいいんですけど、、)

 

と思いつつ、私のタンザニア人との共同生活は突然始まりました。

 

彼女には驚かされることばかりでした。

 

これは後に分かることですが、キャサリンは超お金持ち家庭の長女なのです。

 

父はエンジニア、母は裁判官、弟は医学部目指して勉強中。小学校から私立のインターナショナルスクールに通っていたので、英語は喋れますが、スワヒリ語は会話のレベルに留まっています。(酸素とかスワヒリ語でなんて言うのか分からないらしい。)

 

ルームシェアを始めてすぐの頃、キャサリンとこんな会話をしたのをよく覚えています。

 

私「キャサリンは彼氏とかいるの?」

 

キャサリン「いるわよ。もう一年くらい付き合ってる。彼はムスリムなのよ。」

 

私「へぇ〜!でもキャサリンはクリスチャンだよね?それってもし結婚とかしたらどうなるの?」

 

キャサリン「どうなのかしらね〜。その時に考えるんじゃない?」

 

私「あ、そんな感じなんだ。」

 

キャサリン「それに私、本当はアフリカ人以外と結婚したいのよ。タンザニアって奥さんが家事全部しないといけないじゃない?私、料理嫌いなんだよね。」

 

私「えええ料理嫌いなタンザニア人女子とかいるんだ、、、」

 

まぁ当時の私はまだまだ頭が固くて、自分が持ってたイメージと全く逆をいくキャサリンの発言にとても驚かされました。

 

「宗教」ってそんな感じなの??結婚して子供が出来たらコロっと変えることもあるんだろうか?

 

キャサリンは、キリスト教のことを聞いたらちゃんと詳しく教えてくれるし、ご飯食べる前もちゃんとお祈りをするのですが、

 

日曜に教会へ礼拝に行くのは、そこそこサボっています。笑

 

「実家暮らしだった頃はお母さんに無理矢理起こされてたから行ってたけど、今は誰も何も言ってこないしね。ははっ。」って言ってました。ははっ。

 

あとは、タンザニア人の女の子は小学生にもなれば料理や洗濯などお母さんの手伝いをするものだし、みんな料理くらいできる。という風に日本にいた頃ネイティブの先生が話していたので、

 

「料理が嫌いだ」という彼女の発言に驚かされました。今考えれば当たり前なんですけどね。

 

そりゃ料理が好きな人も嫌いな人もいるし、宗教の程度は人によって違うし、タンザニアにだってお金持ちはいるわけです。

 

そんな当たり前に気付かせてくれたキャサリンとの共同生活。これはまだまだ序盤のお話。

 

この後、私たちの関係はちょっと特殊なものになっていきます。続きは次の記事で。

 

では。

 

物乞いにお金を渡すなどしてみた。

 

 

日本で募金箱にお金を入れるのと、タンザニアで物乞いをする人にお金を渡すことの違いはなんだろう?

 

タンザニアで暮らしていると、物乞いをする人によく出会う。そのほとんどは身体障害者かストリートチルドレン。足のない人やボロボロの服を着た子供達が私に向かって手を伸ばしてくる。

 

これまでタンザニアで暮らしてきて、私は彼らにお金を渡したことがなかった。手を伸ばされたり、口に手を運ぶジェスチャーをされても、無視して通り過ぎたり、首を横に振って彼らが去るのを待っていた。

 

どうして渡すのを拒んできたのだろうと考えてみた。一番大きいのは、私がいわゆる「縦」の関係をタンザニア人と築くことを拒んでいたからだと思う。「外国人はお金をいっぱい持っているから助けてくれるだろう」と思われるのが嫌だった。助ける人と助けられる人の関係になるのが嫌だった。

 

子供達が外国人が乗っている観光バスに手を振り、車内からお札やお菓子が投げられているのをタンザニアの観光地で何度か見たことがあった。その時に投げられるお札は10000シリング(500円)とかで、こちらの物価からすると子供に渡すにはありえない額だった。

 

そういうのを見ながら私は、なんか嫌だなぁと思っていた。本人たちがどう思っているのかはわからないが、こちらの物価を知りもしないで「貧しいアフリカの子供達に恵んであげよう」みたいな感じが嫌だったのだ。うまく説明できないけど。

 

あとは、現金を渡すという生々しさも私がお金を物乞いに渡せなかった理由の一つだと思う。お菓子を一つあげるとか、一房買ったバナナを一本おすそ分けするとか、そんなのはいいんだけど、お金をポンと渡すのはなんか嫌だった。

 

それに、目の前の人にお金を渡すという行為に不公平さを感じていたとも思う。他にも苦しんでいる人はいるだろうにこの人に現金を渡すことが果たして正しいのだろうかと悩んでいた。

 

こう考えてみると、私がお金を渡していなかった理由は全部なんとなく嫌だったからで、特に明確な理由はなかった。

 

お金を渡さず通り過ぎた後は、いつも罪悪感に駆られていた。目の前で飢えている人を見過ごすのはなかなかつらいものだった。

 

そんなとき、SNSでブログの冒頭に書いたような内容の文章を目にする。

 

『日本で募金箱にお金を入れるのと、タンザニアで物乞いをする人にお金を渡すことの違いはなんだろう?』

 

確かに、と思った。日本にいる時にアフリカの子供たちを支援するための募金活動が行われていたらなんの迷いもなくお金を入れるのに、どうして目の前の子供たちには渡さないんだろう?

 

募金箱にお金を入れても世界で飢えている人に均等にお金が行き渡るわけでもないし、それならタンザニアで目の前にいる人にお金を渡すことと何も変わらないのではないか?と思った。

 

ということで、ここ最近は、試験的に物乞いに会ったらお金を渡すことにしている。渡すのは100シリング(5円)か200シリング(10円)程度。

 

タクシーに乗っている時に物乞いされても危ないので窓を開けてお金を渡したりはしないけど、ショッピングモールの前に座っている人や、ダラダラに乗っている時に開いている窓から子供が顔を覗かせて物乞いしたりしてきたら、渡すようにしてみた。

 

心境には大きな変化があった。

 

お金を渡さない時に感じていたあの罪悪感を感じなくなったのだ。お金を渡した後は、「私はお金を渡したから助けになってあげたんだ」みたいな気分になっていた。たった10円で私はあのなんとも言えない罪悪感から逃れることに成功したのである。

 

でも、渡さなかったときより、彼らに想いを馳せることが少なくなった。お金を渡さず、罪悪感を感じている時は、彼らはどうやって生活してるんだろう?とか何時からあそこにいたんだろう?とかどうやって帰るんだろう?とか色々考えていたのに。

 

何が正しいとか、何が間違っているとか、そういうことではないと思う。援助はいつだって不平等で、同じように苦しんでいても助けてもらえる人と助けてもらえない人がいるのだと思う。

 

たとえそれが不平等だとしても、少しでも多くの人を助けようとするのか、それとも一人も助けないという平等を選ぶのかは、とても難しくてそうそう答えが出そうにない問題だった。